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「最新厚底vs絶対防御カヤノ」元陸上部が膝を壊して悟った、37歳からの“ズルい”シューズ選び

にこぞう

最新の厚底は膝に優しい、なんて言葉を安易に信じて僕は膝を壊した。正確には「最新ギア」に「旧世代の根性」を掛け合わせた結果、自爆してしまった…。

「最新の厚底シューズなら、膝の負担が減って魔法のように走れる」 そんな甘い言葉を鵜呑みにした結果、僕は3〜4ヶ月もの間、走ることすら許されない「歩行困難なサラリーマン」に成り下がってしまった。

元陸上部という中途半端なプライドと、10年のブランクを無視した無謀な突撃。

その絶望の淵で、僕は「守備力の塊」であるゲルカヤノと、再び「劇薬」であるノヴァブラストに向き合うことになった。今回は、高い授業料を払って得た、30代後半からの「身体を守りつつ、好奇心を優先する」という、少しズルくて合理的なギア投資術について語りたいと思う。

目次

10年ぶりの厚底に感じた「敗北感」と、隠しきれない「希望」

にこぞう

初めて足を入れた瞬間、正直に言って「悔しい」と思った。地面を掴んで、自力で進むのが美学だった僕にとって、あの反発はもはや「ズル」に近いからね。

僕ら「昭和・平成」の陸上部出身者にとって、ランニングシューズとは「薄くて軽いもの」だった。地面の小石の感触が分かるほどの薄いソールで、自分の筋力をダイレクトに地面に伝える。それが走ることの真髄であり、美学だと思っていました。

だから、世の中が厚底ブームに沸いているのを横目で見ながら、「あんなの靴じゃない、マシュマロの上を走っているようなもんだ」と心のどこかで馬鹿にしていました。

しかし、10年のブランクを経て、170cm/65kgの「重くなった体」で再会したランニングは、想像以上に過酷でもありました。かつての栄光(と言っても県大会にも行けずの人間)はどこへやら、キロ7分で走るのさえ必死。

最新の厚底シューズ、ノヴァブラストに足を入れたとき、衝撃が走ったのを覚えています。足を一歩前に出すだけで、ポンと勝手に跳ね返ってくる。自分の筋力以上のパワーが、足元から湧き出してくるような感覚。

それは、自分の「自力」を否定されたような敗北感と同時に、これならまた走れるかもしれないという、抗いようのない希望が混ざり合った、複雑な感情でした。

もはや根性や気合で解決する年齢ではない。最新のテクノロジーという補助を借りて、大人の主として再認識をする時期に来ているのだと、足裏から伝わる反発が教えてくれました。

「自分の足を鍛えてこそ!」という考え方は尊いですが、37歳のサラリーマンには時間がない。衰えを自覚した今、僕らに必要なのは修行ではなく、明日も元気に会社へ行くための効率化。そのための第一歩が、この厚底という魔法の絨毯を受け入れることでもありました。

【失敗学】なぜ最強のクッションで膝を壊したのか

にこぞう

厚底は「走らせてしまう」んだ。心肺が悲鳴をあげる前に、膝の耐久力が超えてしまう。これがリターンランナー組を襲う最大の罠だと言わざるを得ない。

道具が進化しても、使う側の脳が「旧型OS」のままでは意味がない。むしろ、進化が牙を剥くことだってある。僕の失敗は、代々木公園のランステから始まった…。

代々木公園の惨劇。ランステの利用料が「ブレーキ」を壊した

久しぶりのランニング。せっかくランステで着替え、利用料を払ったのだから、最低でも10kmは走らないと勿体ない。特有の貧乏性が、僕の判断を狂わせた。走り出してすぐに膝に小さな違和感を覚えたが、「最新の厚底を履いているんだから、怪我なんてするはずがない」と自分に言い聞かせた。そして、元陸上部という変なプライドが、「これくらいで止まるな」と囁き続けてもいました。

走り始めて5km、膝の違和感はハッキリとした痛み(まだ小さな)に変わっていた。だが、足元には快適に走らせてくれるノヴァブラストがある。心肺機能にはまだ余裕がある。結果…僕は止まらなかった。「このまま走り続ければ、昔みたいに痛みが消えるはずだ」という、根拠のない経験則。結果として、僕は代々木公園の周回コースを無理やりだが走り切ることができた。

違和感を無視させた「経験者」という名の呪い

結局、僕は膝の悲鳴を無視して10kmを完走してしまった。いや、「完走できてしまった」と言うべきかもしれません。厚底の反発力が、本来ならとっくに止まっているべき僕の体を、無理やり前に進めてくれた。

翌日の膝の調子はというと、疲労こそあれど、あまり膝の痛みはありませんでした。しかし、こんな走り方をしていたら、膝も限界を迎えてしまいます。

いつしか、膝の痛みを抱えながら生活する事となりました…。かつての自分なら一晩寝れば治っただろうが、37歳の身体はそうはいかない。そこから3〜4ヶ月、僕はランニングから強制的に隔離された生活を送ることにもなりました。

経験者ゆえの過信は、リターンランナーにとって危険な毒でもあります。昔の自分と今の自分を混同し、最新機材のパワーを自分の実力だと勘違いしてしまう。

膝を壊して初めて、僕は自分が「ランニング初心者」以下であることを突きつけられました。日常生活に支障が出るほどの痛みは、僕の歪んだプライドを粉々に砕くには十分すぎるほどの衝撃を与えてくれました。

「厚底×根性」は、エンジンだけ載せ替えたオンボロ車と同じ

最新のシューズは、僕らの脚力を何倍にも増幅してくれる。しかし、それを受け止める「フレーム(膝や筋肉)」は、10年のブランクを経て確実に劣化しています。

F1のエンジンを軽自動車に載せれば、車体はバラバラに壊れてしまう…そんなイメージ。当時の僕がまさにそれでしあた。道具の進化に、自分の身体のリテラシーが追いついていなかった。これが、僕が「最強のクッション」で膝を壊した、シンプルで残酷な真実。

機材への投資は素晴らしい。しかし、それを使う人間の意識が「気合と根性」のままでは、高性能な機材はただの凶器に変わる。膝を壊して立ち止まった期間に過去の栄光を捨て、今の自分のスペックに最適な運用方法をゼロから考え直す事にしました。

守備の「ゲルカヤノ」か、攻撃の「ノヴァブラスト」か

にこぞう

ゲルカヤノは正しい。でも、ノヴァブラストの方が「生きてる」感じがする。この矛盾に、大人のギア選びの真実が隠れています!

故障を経て、僕は「守備力の塊」であるゲルカヤノを購入しました。しかし、そこで待っていたのは、最新テクノロジーがもたらす「感覚のバグ」との戦いでもありました。

絶対防御のゲルカヤノが教えてくれた「自分の足の重さ」

膝を壊した後に購入した「GEL-KAYANO 32(ゲルカヤノ)」。これは、徹底的に足腰への負担を減らすことに特化した、いわば走る装甲車。

安定感は抜群で、膝への不安を抱える僕にとっては救世主のような存在。しかし、一つだけ問題もあり…ノヴァブラストを経験した後、ゲルカヤノは重いと感じてしまった。

ここで言う「重い」は物理的な重さではありません。反発がない分、自分の足で一歩一歩地面を蹴り出すという、かつての「当たり前」が、今では苦行に感じてしまいました。

ゲルカヤノを履いて走ると、自分の身体がいかに重く、筋力が衰えているかを突きつけられます。これはこれで、自分の足を作るための素晴らしい訓練になります。

しかし、一度「反発というドーピング」を味わってしまった脳は、自力だけで地面を蹴る感覚を「非効率なロス」として処理してしまう。

自分の足が、鉛のように重くなった錯覚。最新機材を知ることは、同時に自分の無力さを知ることでもありました。

ノヴァブラストがもたらす「走るのが楽しい」という衝動

一方で、故障のきっかけとなったノヴァブラストを再度履いてみると、やはり楽しい!!足が勝手に前に出る軽快感、地面を跳ねるような感覚。理屈では「今はゲルカヤノで足を作れ」と分かっている。

でも、玄関でどちらの靴を履きたいか自分に問うと、本能はノヴァブラストを指差す。反発を知ってしまった僕の体は、もう「自力だけで走る重さ」には耐えられない、贅沢な体質に書き換えられてしまったのかもしれない。

この「楽しい」という感情を無視してはいけない。37歳のサラリーマンがランニングを続けるための最大の燃料は、記録でも健康診断の結果でもなく、「今日、この靴を履いて走るのが気持ちいい」という純粋な楽しいという感情。

ゲルカヤノの安心感は素晴らしいが、ノヴァブラストのワクワク感には勝てない。この、理屈(カヤノ)と本能(ノヴァブラスト)の板挟みこそが、ギア選びの醍醐味とも言えます。

大人が「補助」を受け入れることの合理性

「自力で走らないのは邪道だ」というかつての美学は、今の僕には不要。最新機材の補助をフル活用して、膝へのダメージを最小限に抑えつつ、かつ「走る楽しさ」を最大化する。

ゲルカヤノで守りつつ、ノヴァブラストで攻める。この使い分けこそが、37歳のサラリーマンがランニングを習慣化するための、最も合理的で、かつ「ずる賢い」戦術かも…と確信しています。(頼れるものは頼ろう)。

自分の足だけで頑張る美学は、学生時代に置いてくる。今の僕は、ランニングギアに力を120%引き出してもらい、いかに「楽に、長く、楽しく」走り続けられるかを追求する。

それは決して妥協ではない。限られたリソースの中で最大の結果を出す、プロフェッショナルなサラリーマンとしての選択でもあります。

メーカーの「キロ◯分」という型を、大人は一度無視していい

にこぞう

結局、玄関でその靴を見て「あ、今日これ履いて外に出たいな」と思えるかどうか。それが継続のすべてじゃないかな??

ネットや店頭にある「初心者向け」「サブ4向け」という区分け。あれ、一旦無視していいと思う。スペック表と睨めっこするより、もっと大事なことがある。

カーボン以外なら「履きたい靴」を履くのが正解

唯一の線引きをするとすれば、初心者が「カーボン入り」のガチ勢向けシューズに手を出さないことくらい。あれは本当の意味で脚を選ぶ。

それ以外であれば、たとえメーカーが「サブ3.5向け」と謳っていようが、自分が「履きたい」と思うなら履いていい。キロ7分で走る人が、エリート向けの配色やデザインを選んでも、誰にも文句を言われる筋合いはない。

メーカーの区分けは、あくまで「その靴のポテンシャルを最大限に引き出せる層」を示しています。僕らがその靴の100%を使いこなせなくても、30%の恩恵を受けるだけで十分幸せになれるのなら、それだけでも価値はあります。

背伸びをすることを恐れる必要はありません。自分がワクワクするシューズやアイテムを選ぶことが、結果として挫折を防ぐ最強の防御策に繋がります。

デザインや好奇心で選ぶことは「不純」ではない

「この靴を履いている自分が好きだ」と思えること。それはランニングを継続する上で、何よりも強力なエンジンとなります。新しいガジェットや靴を買った翌日、早くそれを使いたくて目が覚めるあの感覚。社会人にとって、それ以上に価値のある機能は他にはないのではないか?

スペック買いではなく、好奇心買い。それでいい。それがいい。

仕事で疲れて帰ってきた夜、玄関に置かれたお気に入りのデザインのシューズが目に入る。その瞬間に「5分だけ外に出ようかな」と思えるかどうか。その積み重ねが、僕らの体をアップデートしていく。機能性はもちろん大事だが、それ以上に「自分のテンションを上げる」という機能に投資することを、僕は全力で肯定したい。

補助を使い倒すのは「ズル」ではなく「リソース管理」

反発力がある靴を履くのは、足を前に出してくれる補助機能を利用しています。仕事で便利なツールを使って効率化するのと、何ら変わりはありません。限られた時間と体力の中で、いかに楽しく、怪我なく、継続的に「大人の趣味」を成立させるか。テクノロジーへの投資は、そのための必要経費であり、知的なリソース管理でもあります。

「自分の力で走らなければ意味がない」という言葉は、成長期の若者には必要かもしれません。しかし、人生の(身体的な)ピークを過ぎ、維持することさえ困難な僕らにとって、こうしたアイテムは戦友と言える。

戦友が差し出してくれる手を、意地を張って拒否する理由はありません。楽に走れるなら、喜んでその恩恵を受け、浮いたエネルギーを「走る楽しさを味わうこと」に回せば良いのです。

これからの僕らが、シューズに投資する本当の意味

にこぞう

37歳のサラリーマンにとって、シューズは「速くなるための道具」じゃない。「明日も普通に会社へ行き、日常を楽しむための防具」なんだ

僕らが10年、20年の時を経て再び走り始めた理由は、記録を更新するためだけではないはずです。

衰えていく自分を認めつつ、それを最新のギアで補う。
体力作り・健康的な体作り・できない事ができる様になる楽しみ…こうした、少しずつ体をアップデートしていく過程そのものを楽しみたいからではないでしょうか。

「自力」という根性論に縛られて膝を壊し、挫折するくらいなら、テクノロジーの力を借りて「キロ7分」を笑顔で走り抜ける方が、よほど現代的で賢い選択です。

今の僕にはまだ、自分の心拍数や負荷を正確に測るデバイスはありません。今はまだ、足裏の感覚というアナログなデータだけが頼りです。

でも、いずれはこの感覚を数値化し、より精密に自分の身体を管理していきたいと考えています。そうやって、自分の身体という唯一無二の資産を、ギアの力で補完しながら守り抜く。それが、僕ら大人のランナーがシューズに投資する、本当の意味なのかもしれません。

生活基盤を壊してまで走ることに価値はありません。僕らにとっての成功とは、怪我なく走り終え、翌朝すっきりと目が覚めて、いつも通り仕事に向かえること。

そのためには、最高の防具であるシューズへの投資を惜しんではいけないはずです。自分の足元を守ることは、自分の生活を守ることに繋がります。

まとめ

結局のところ、シューズ選びに正解はありません。あるとすれば、それは「明日も走りたくなるかどうか」だけ。僕がノヴァブラストで膝を壊したのは、靴のせいではなく、自分の意地を昔の自分から更新できなかったからです。

ゲルカヤノの安心感も、ノヴァブラストの劇薬のような反発も、今となってはどちらも僕には必要でした。守備と攻撃、理屈と本能。その間を行ったり来たりしながら、自分だけの「最適解」を探すプロセスこそが、ランニングの本当の面白さなのかもしれません。

リターンランナーの挑戦は、まだ始まったばかり!ギアに頼り、自分を甘やかし、それでも止まらないこと。それこそが、大人のランニングの正解だと、僕は信じています。

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